京の秋祭(2015/10/20)
9月の連休以降、毎週末町のあちこちで、神輿に出くわしたり、お囃子を聞く機会に遭遇する。農耕民族の日本では、古くから春と秋にお祭りの習慣があり、10月は全国的に秋祭が多くの土地で催される。春は「神様への豊作祈願」、秋は「神様への収穫への感謝」が祭りの趣旨である場合が多い。
そこで本日のテーマは【京の秋祭】について。
◇ 時代祭(10月22日)
京の三大祭り(葵祭、祇園祭、時代祭)のなかで、もっとも歴史の浅いのが「時代祭」。平安神宮の創建と平安遷都1100年を奉祝する行事として、1895年(明治28年)に始まった祭りで、まだ100年余りの歴史しかない。
祭りの趣旨は、京都の誕生日である10月22日に、「一目で今日の都の歴史と文化が理解できるものを」と「京都をおいて他には真似のできないものを」という、京都人の誇りがふんだんに織り込まれた祭り。
山国隊の奏する笛、太鼓の音色を先頭に約2千人・2㎞にわたり、平安京が造営された延暦寺代から、近年までのそれぞれの時代の衣装での行列は、まさに動く時代絵巻の様相。
余談になるが、100年前といえば、他の地域ではそこそこ歴史があるという評価になろうが、葵祭(欽明天皇の567年が起源)や祇園祭(863年)に比べるとおおよそ千年の違いがある。
◇ 鞍馬の火祭(10月22日)
鞍馬の火祭 | 京都のイベント・行事 | 京都観光情報 KYOTOdesign
昼の時代祭を観た後、夜は鞍馬に移動して火祭鑑賞を…と考える観光客は多いけれど、鞍馬の火祭はものすごく人気がある上に、観賞場所が限られていることから、掛け持ち鑑賞は大変のよう。
祭りの起源は、940年(天慶3年)に遡るというから、相当古い。平将門の乱や大地震など動乱と天変地異が相次いだ平安中期、世の中の平安を願う朱雀天皇の
平安時代中期、平将門の乱や大地震など、動乱や天変地異が相次ぎました。940(天慶3)年、世の中の平安を願って、朱雀天皇の命(詔=みことのり)によって、御所に祭っていた由岐紀明神を北方の鞍馬に遷宮することで、北の鎮めとしたのが始まり。その際に、松明、神道具などを携えた行列は十町(約1㎞)に及んだとのこと。この行列が鞍馬の住人に受け継がれたのが「鞍馬の火祭」。松明が火の粉を撒きながら神社へと向かう光景は圧巻。
◇ 亀岡祭
亀岡祭山鉾行事|京都府亀岡市鍬山神社秋季大祭|亀岡祭山鉾連合会
秋の深まりとともに、旧亀山城下の街角から祇園囃子の音が響いてくる、亀岡祭は、別名“丹波の祇園祭”とも呼ばれる厳かな中にも勇壮さを感じさせる、鍬山神社の鍬山宮、八万宮二社の亀岡最大の秋季例祭。
10月1日から31日までの1か月間、様々な神事がとり行われる。祭りのメインは23日の宵々山、24日の宵山、そして25日の山鉾巡行。
本日のまとめ
秋祭真っ盛りの京都。最近日本でも大流行の「ハロウィン」も、もともとは古代ケルト人が「秋の収穫を祝い、悪霊を追い払うと」といしう宗教的な意味合いのある行事であった。洋の東西を問わず、祭は神々とのコミュニケーション行為であったのだ、仮装している若者はそんなことは知らないだろうが…
で、京のハロウィンについては、後日あらためて書く。